ネット接続自転車も現実に IoTのネックに解決のメド – 日本経済新聞



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 データが集積すればそこに価値が生まれる、という、いわゆるビッグデータの考え方はもう珍しいものではない。「IoT(もののインターネット)」として、ネット接続された家電機器も増えてきている。一方で、IoTにはデータ通信にかかるコストとバッテリーという、生々しい課題が残っており、理想的な使い方が難しいのが実情だ。

 そうした通信の課題を解決するような機器が登場し始めた。月に数十円で稼働できて、乾電池で1年動く「ネット接続機器」が現れはじめているのだ。安価で簡単に通信機能が使えるようになって、家電とネットは大きく近づいていく可能性がある。

■IoTにつきまとう「電源」の問題

 家のカギをインターネットにつなぐ、いわゆる「スマートロック」はすでに多数の企業から発売されている。だが、これほど「決定打」が現れていない製品も珍しい。

 ニーズは明確だ。家を出てからカギがかかっているかを確認したい、帰宅時にカギを取り出さずに楽に入りたい、出かけている最中に知り合いが来客した際、それを確認してその時だけカギをあけたい……。要は、カギをスマホアプリにして、通信によって開け閉めを管理したい、ということなのだ。B2B向けでは、賃貸住宅やいわゆる「民泊」で、特定の人に特定の時間だけ通じるカギを渡し、入退出を管理したい、というニーズも大きい。

 だが、現在あるスマートロックのほとんどは、それらのニーズを解決していない。なぜなら、「カギ」にIoT機能を内蔵するには、通信が重荷となるからだ。ドアからは電源も通信線もとれないから、バッテリーを内蔵して無線で通信する必要がある。しかし、従来の携帯電話やWi-Fiのアダプターは、消費電力が大きすぎて数日で電池が切れてしまう。ドアにつけてしまうのだから、最低でも数カ月は動作しないと困る。

 そのためこれまでは、電源の問題を優先して、消費電力の低いBluetoothを内蔵し、スマートフォン(スマホ)との連携で通信するスマートロックがほとんどだった。その結果、近くにスマホがないと使えないので、「出かけている最中の確認」などはできない。「ネットから制御する」価値を活かせないわけだ。

 スマートロックでは大容量の通信は必要ない。今の携帯電話やWi-Fiは高速通信のために消費電力が大きくならざるをえないが、スマートロックに使うには「消費電力の小さい低速通信」の方がありがたい。低速ならばコストも下げられる。

 そういった製品がようやく登場してきた。tsumugが開発したスマートロック「TiNK」だ。ただし、比較的規模の大きな改修が必要になるため、個人が簡単に取り付けられるものではない。高級マンションや戸建てのデベロッパーに向けたB2B向け製品である。

さくらインターネットとtsumugが開発したスマートロック「TiNK」。主に海外でのビジネス向けに開発されたもので、内部に超低速通信モジュールを内蔵

■自転車のIoT化もシンプルに

 スマートロックと同じように、通信が重要になるのが「自転車」だ。ナビはもちろん、移動経路や距離、カロリーや運動負荷を知りたくなる。また、盗難被害も少なくないため、常に位置情報を知る仕組みも欲しい。

 現在はスマートフォン連携で実現する例が多く、位置把握については保険会社がGPS端末で展開する例もある。だがどちらにしろ、スマートロックと同じように「バッテリー」「通信範囲」の罠(わな)が待っている。例えば、防犯用GPSモジュールは「防犯以外の機能がない」にもかかわらず、バッテリーを10日に一度は充電する必要がある。

 こうしたことを解決した自転車を作ろう、という試みも行われている。

 ハードウエアスタートアップのCerevoと国内クラウド大手のさくらインターネットは、共同で「自転車」を開発している。ベースとなっているのは、Cerevoの開発した「ORBITREC」。これは3Dプリンターを使ってフレームが作られているなど、自転車そのものの新奇性も高いのだが、最大のポイントは「自転車のIoT化」にある。Cerevoは自転車をIoT化する「Ride-1」というモジュールを開発しており、これで、走行場所や速度、傾き、衝撃などのログを取る。元々はBluetoothでスマホと接続して使うことを想定したものだが、17年1月に公開された試作モデルでは、LTEを使った通信モジュールを使い、スマートフォンに頼らずともネットの価値が活かせるものとなっている。

さくらインターネットとCerevoが共同開発した「ネット接続自転車」。実は自転車自体が3Dプリンター製。サドルの下の通信モジュールでネットに常時接続する

■LPWAで「あらゆるものがネットにつながる」

 TiNKやORBITREC試作機が採用しているのは、どちらもさくらインターネットが展開している「さくらのIoT Platform β」向けの通信モジュールである。最大通信速度が下り10Mビット/秒、上り5Mビット/秒と比較的遅い「LTEカテゴリー1」を使うことで消費電力を小さくした。さくらインターネットの田中邦裕社長は「バッテリーで数年動作できる」と話す。

さくらインターネットが提供中のLPWAモジュール。開発者向けには9960円で販売されており、技術仕様もすべて公開されている

 このモジュールが担うような「低速低消費電力」の通信を、「LPWA(Low Power Wide Areaの略)」と呼ぶ。LPWAには様々な通信方式があり、携帯電話とは別の900MHz帯の電波を使う「LoRaWAN」や「SIGFOX」などの規格が注目を集めつつあるが、携帯電話ネットワークをそのまま使い、通信速度を落として使う「LTEカテゴリー1」「LTEカテゴリーM1」「NB-IoT」などの規格も用意されている。

 LPWAはIoTでは非常に重要になる。それらのほとんどは非常に小さなデータしかネットワークに送らない。専用の広域網につながるように最初から設定しておけば、機器もシンプルになる。基地局から電波が届く場所であれば設置できるので、自由度も高くなる。

 通信コストについても、前出のさくらインターネットの通信モジュールの場合、月に4万回のデータのやりとりを目安とした場合で月額100円程度を予定している。

■IoTでは「機器に通信費が含まれる」ことも?

 では、なぜこれまでは「超低速・超低価格」通信がビジネスにならなかったのだろうか?

 それは、携帯電話事業者にとって旨味がなかったからだ。全国にインフラを作り、そこに多額の投資をした携帯電話事業者としては、できるだけ単価が高く、利益率が高い機器を優先したい。そのために高速通信にフォーカスしたビジネスモデルになっていたのだ。しかしここにきて、NTTドコモやKDDIが法人需要を中心に、LPWAのビジネス化に向けたフィールドワークを開始している。

 一方で、現在の携帯電話ネットワークとは別に、大手携帯電話会社から回線を借り受け、それを細分化して再販することで、現在の携帯電話規格を使いつつ、超低速・超低価格のニーズを満たす会社も出始めている。日本ではソラコムや、前出のさくらインターネットなどが、この種のビジネスに積極的だ。さくらインターネットは自ら通信モジュールも準備した。このモジュールを使えば、通信のノウハウがない企業でもIoT機器を簡単に開発できるのがポイントである。

 その性質上、通信サービスとしては個人向けではなくB2B向けになるが、この動きは、個人向けの機器にも大きな影響を及ぼす可能性が高い。

 通信料が月額数十円程度であれば、通信料をあらかじめ機器の価格に含まれるようにし、月々の料金を徴収しないで使ってもらう形にしてもいい。

 最近は減ったが、電子書籍専用端末には、携帯電話網での通信機能を内蔵したものも多かった。個人が通信契約をするのでなく、電子書籍のサービスを行う側が通信費を支払って、機器や書籍の料金から通信コストを出す……と言う仕組みだ。今も、Amazonの電子書籍端末Kindleのセルラーモデルはこの仕組みである。

 個人向けIoT機器が通信費込みで販売され、パッケージを開封した瞬間から設定なしで使えるようになる未来は、十分あり得る。むしろ、そうなって簡単に使えるようになった時こそ、IoT機器が本当に普及するのではないかと思う。

西田宗千佳(にしだ・むねちか)
 フリージャーナリスト。1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。

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