業績不振「GoPro」の意外な打開策(瀧口範子のシリコンバレー通信)



 どんな企業もずっと成功を収め続けるとは限らないのだが、ことシリコンバレー企業は成功した際の注目度が高いばかりに、その後の失敗も目立つ。その典型例が、復活へ苦闘する米GoProだ。

 ご存知の通り、GoProは小型軽量安価なウエアラブルカメラのメーカーだ。創設は2002年で、彗星のごとく登場したスタートアップだった。

 当時はウエアラブルという呼び方もまだ存在していなかった頃だが、何と言ってもスノーボードやマウンテンバイクといった「エクストリームスポーツ」の流行が追い風となった。ヘルメットやスノーボードの先にGoProカメラを取り付けたスポーツマンたちが、ジャンプする自分自身やまわりの大自然の風景を動画で記録したりするのに使われ、一気に人気を得た。

 同社はその後着々と開発を進め、シンプルで使いやすい編集ツールやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)にすぐに投稿できる仕組みなどがさらに受けて、スポーツマン以外のファンもどんどん増やしていった。

 同社がIPOを果たしたのは2014年6月のことだ。製品のアイデアといい、一連の使いやすい編集ツールといい、同社の功績を誰もが暖かく見守っていたはずだった。

株価は一時の10分の1に下落

 ところが、それから1年半が経ったころから、同社の株価はIPO時を下回り続けているのだ。一時は90ドル近い値段をつけられていたのに、ここ最近は8~9ドルでしかない。

 同社は2016年以降、既に3回にわたってレイオフも行っている。レイオフされた総社員数は600人を下らない。同社の社員数は2015年末に約1500人とされていたから、半分近い社員が解雇されたことになる。

 GoProのつまずきは、ビジネスを広げすぎたことだった。ハードウエア、ソフトウエアに次いでメディアビジネスに手を出したのだ。

 多くのGoProのユーザーたちが、その頃までに自慢の動画を「YouTube」などに投稿していた。サーフィンやスキーなど、息を呑むような美しい動画がたくさんあり、こうした動画を集めたサイトを自社で設けようとしたのがメディアへの一歩だった。そのために新部門を設けて専門家を雇い、独自の賞まで設置したりした。

 だが、メディアサイトはたとえそれを専門にしていたとしても、ビジネスとして成り立たせていくことは難しい。GoProコミュニティーが画像をシェアするのには役立ったかもしれないが、このサイトはさしたる儲けも出さなかった。そうこうする間に、戦略の失敗や製品の不都合も重なったのだった。



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