変わりゆく中国オフショア事情(NRI楠真 強いITはココが違う)



 数年ぶりに上海を訪問しました。上海市政府主宰のイベント「Shanghai Forum on Software Trade 2017」で講演するのが目的です

*:Shanghai Forum on Software Trade 2017は2017年10月19~20日に上海で開催された。イベントのWebサイトはこちら

 このフォーラムは上海ベースのオフショアソフトウエア開発会社の業界団体が中心となり、2003年から毎年開催しています。以前から日本の大手ソフトウエア開発会社の役員が招へいされており、野村総合研究所(NRI)からは2006年の藤沼彰久社長(当時)以来、私が2人目です。

(提供=123RF)

NRIのエンジニアが大挙して中国を訪問

 フォーラムが始まった2003年は、NRIが中国におけるオフショア開発を本格的に開始したばかりの頃でした。当時のオフショア開発の中心は北京と上海で、それぞれの地域の会社が技術力を競っていました。

 当時は中国の人件費が低く、日本の3分の1の単価で発注しても中国国内の平均的な人件費単価の2倍以上でした。中国のIT企業にとって日本市場向けのオフショア開発はもうかるビジネスで、雨後のタケノコのように多くの企業が参入し、優秀なソフトウエア開発者がどんどん集まりました。

 中国オフショア開発会社のリーダーは日本の大学で教育を受けたエンジニアばかりで、流ちょうな日本語を話し、日本企業の流儀をよく理解していました。日本流のやり方とはすなわちケーレツです。協力会社として実績を積むことで、やがて安定した開発ボリュームを確保できるようになります。

 私たち発注者と中国の受注企業との関係も日本流。「お客様は神様」です。程なく、NRIのエンジニアが大挙して中国のオフショア開発会社を訪問するようになりました。NRI社員にとって、豪華な中華料理をとても安く食べられるのが楽しみでした。

 当時、NRIはインドでのオフショア開発にも挑戦しました。インドのオフショア開発会社は米国企業向けの開発実績は豊富でしたが、開発のやり方が米国流で、日本企業のやり方にあまりなじみませんでした。



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